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第2回 これからの東京の都市戦略

東京のこれからの都市戦略は、人口がどうなるかに大きく影響を受けます。実は東京都心の人口は住宅供給に如実に左右されるのです。現在、東京五輪の開催まで4年を切りましたが、依然として都心回帰の状況は変わっていません。おそらく、この傾向は当分の間、続くのではないでしょうか。
それでは五輪後の東京はどう変わっていくのか、都市計画の観点から展望してみましょう。

「東京都の人口動向」

まずポイントになるのが、人口の動向です。2011年から、日本全体の人口は減少に転じています。ところが、東京圏(東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県)はその例外なのです。日本でもっとも権威のある国立社会保障・人口問題研究所の人口推計によれば、少なくとも今後10年間、東京圏の人口は増え続ける。2025年ごろに頭打ちになるが、2030年ごろまでは現在とほぼ同じ水準を維持することが予想されます。「人口減少社会」という言葉が当たり前のように使われる昨今ですが、2030年までの東京圏には、この言葉は当てはまらないのです。

「居住空間の確保」

そこで問題になるのが、東京圏における居住空間の確保です。東京都心3区の昼夜間人口比は、世界都市総合力ランキングで東京のライバルとなっているロンドン、ニューヨーク、パリの都心よりはるかに大きい数字です。すなわち東京都心は、昼間に比べて夜間の人口が極端に少ないのです。
数字で見ると、東京都心3区の昼間の人口は夜間より193万人ほど増えます。都心8区なら300万人も増えます。ということは、東京の都心は昼間の人口増に対応することのできるインフラ(基盤施設)をもっているので、夜間にもそれだけの人口を吸収する都市空間のキャパシティ(基盤の整備水準)はあるということになります。仮に今後、上記の3都市と同じような割合で東京都心に人が住むとすれば、人口はあと100万~200万人ほど増えてもおかしくない。あとは、都心にどれだけ受け皿をつくるか、つまり住宅を整備できるかという問題の解決が必要になります。
このことは、東京都が2001年に提唱した首都圏メガロポリス構想の中で、目玉の一つとして描き出している内容です。2009年にその改訂版を出しましたが、この流れは変わっていません。

「東京都の開発エリアの推移」

首都圏メガロポリス構想には、もう一つ大きな目玉があります。都心を「都心」「副都心」という拠点ではなく、拠点群のエリアで考えるということです。
東京都心においては、新たな活動の中心が歴史と共に移ってきた経緯があります。江戸時代は浅草・上野が中心だったが、明治以降は日本橋界隈から銀座に移り、戦後は新宿、東京五輪後は渋谷や六本木、赤坂などに移ってきました。つまり、都心の拠点が全体としては南西方向に移動してきたことになります。
1980年代末の鈴木俊一知事の時代には、臨海地域に新しい都心をつくろうとして失敗しました。また最近では、墨田区にスカイツリーが出現したものの、ソラマチ以外への開発誘引効果にあまり力強さを感じることができない状況にあります。それは都心の重心がゆっくりと南西に向かっているからです。
そして現在の注目エリアといえば、品川界隈です。東京都心の業務機能の集積を見ると、従来は八重洲・日本橋エリア、大手町・丸の内エリア、そして六本木・赤坂エリアでした。これらの地域も軒並み大胆にバージョンアップされますが、そこに品川エリアが加わる形になります。上野東京ラインの開通で、品川・田町間にある車両基地が再開開発可能となったのです。この新しいエリアをどうするかで東京の将来が決まるといっても過言ではありません。
また臨海エリアについては、東京五輪の開催が決まったことで大きく動き出しました。2015年中に首都高10号線の晴海-豊洲間が開通し、2017年中には環状2号線の虎ノ門-新豊洲が延伸されます。東京メトロは豊洲-住吉の延伸を目指し、成羽新線の押上-泉岳寺の開通が見込まれています。品川と白銀高輪が地下鉄で結ばれます。五輪開催時には、銀座-晴海間にBRT(Bus Rapid Transit/バスを利用した輸送システム)を走らせる計画もあります。
さらに、田町から羽田空港までのJR貨物線を旅客線に換えて東京駅と新宿駅に接続し、東京から18分、新宿から23分で羽田空港の地下に着けるようになります。五輪開催にむけて、羽田空港の国際線の発着枠の拡大、将来的には、羽田空港に第5滑走路の建設も構想されています。都心とともに、五輪の開催を経てこの臨海エリアがいかに変わるかは、東京を含めて日本がどう変わるかも左右する大きなテーマになると予想されます。

市川 宏雄hiroo ichikawa

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